古神道の世界に触れていくと「五元の神」という言葉に出会うことがあります。
陰陽五行と混同されがちですが、その内実は少し異なります。
風・火・金・水・土という五つの根源的な働きを司る、五柱の神々への信仰です。
この記事では、五元の神を構成する五柱の神々が記紀にどう記されているかという史実の層と「五元之神を拝む詞」という祝詞がどのような系譜から伝わってきたかという由来の層を、丁寧に分けながらご紹介します。
神様の名前だけを覚えるのではなく、その背景にある二つの異なる時代の重なりを知ることで、五元の神への向き合い方がより深まっていきます。
五元の神とは — 風・火・金・水・土を司る五柱

五元の神は、易でいう五元(木・火・土・金・水の五行思想)とは区別して語られる、独自の五柱の組み合わせです。
名前は次の通りです。
- 風の神:志那津比古之命(しなつひこのみこと)・志那津比賣之命(しなつひめのみこと)
- 火の神:火産霊之命(ほむすびのみこと)
- 金の神:金山比古之命(かなやまびこのみこと)・金山比賣之命(かなやまひめのみこと)
- 水の神:彌都波能賣之命(みづはのめのみこと)
- 土の神:埴山比賣之命(はにやまひめのみこと)
五行思想の「木・火・土・金・水」に対して、五元の神では「木」の代わりに「風」を立てる点が大きな特徴です。
中国由来の五行思想をそのまま輸入したのではなく、日本の風土に根ざした独自の五元性として組み直されていると捉えると、位置づけが分かりやすくなります。
この違いを覚えておくと、五行や陰陽道系の他の記事と混同せずに読み進められます。
なお、大宮司朗氏の著作などでは木の神:句句廼馳命(くくのちのみこと)を含めた組み合わせで紹介されることもあり、五元をどう立てるかは流派や伝書によって細部が異なります。
一つの正解があるというより、複数の伝え方が並行して存在していると捉えるのが実情に近いところです。
古神道全般に言えることですが、中央で一つに統一された教義が最初からあったわけではなく、各地・各系統でそれぞれに体系化が進んだ結果、今のような多様な伝え方が残っています。
五柱の神々の正体(史実の層)

五元の神を構成する五柱は、それぞれ単独では記紀に登場する神々です。
ここは史実の層として、出自を確認しておきましょう。
火の神である火産霊之命(ほむすびのみこと)は、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の別名です。
伊邪那美命が火の神を産んだことで身体を焼かれ、黄泉の国へ去る発端となった、記紀の中でもよく知られた神です。
この神話は日本神話の中でも生と死、創造と犠牲の関係を象徴する場面として語られており、火という力の両義性。
恵みであると同時に破壊にもなり得る性質を体現している神といえます。
金の神である金山比古之命(かなやまびこのみこと)・金山比賣之命(かなやまひめのみこと)は、伊邪那美命が火傷で苦しんだ際、その嘔吐物から生まれたと記されています。
一見すると意外な誕生の経緯ですが、これは金属精錬の過程で高熱と溶解が伴うことと重ね合わせて解釈されることもあります。
鉱山や鍛冶を司る神として、各地の金山神社などに祀られてきました。
水の神である彌都波能賣之命(みづはのめのみこと)は、同じく伊邪那美命の尿から生まれたとされ、灌漑や水利に関わる神として信仰されています。
農耕社会において水の管理は生死に関わる重要事であり、この神への信仰は各地の水源地や井戸のそばに残されています。
土の神である埴山比賣之命(はにやまひめのみこと)は、伊邪那美命の大便から生まれたとされる神で、土や陶器に関わる神として祀られてきました。
埴(はに)とは古代の土器や埴輪に用いられた粘土質の土を指し、ものづくりの根源としての土の力を象徴する神です。
風の神である志那津比古之命(しなつひこのみこと)・志那津比賣之命(しなつひめのみこと)は、伊邪那岐命・伊邪那美命が国生みの後に生んだ神々で、朝霧を吹き払う息から生まれたという記述が伝わっています。
風は目に見えない力の代表であり、気や息といった生命の巡りとも結びつけて語られてきました。
このように、五柱それぞれの由来は記紀という中央の一次史料に確認できます。
一方で「この五柱をまとめて五元の神と呼ぶ」という枠組み自体は、記紀には見られません。
ここから先は、由来の異なる層のお話になります。
五元の神を祀る主な神社

五柱それぞれの神様は、単独では全国各地の神社にお祀りされています。
参拝の機会があれば、五元の神という枠組みを離れて、それぞれの神様として訪ねてみるのもおすすめです。
金山比古之命・金山比賣之命は、岐阜県垂井町の南宮大社(なんぐうたいしゃ)をはじめ、全国の金山神社・南宮神社に祀られています。
鉱山業や鍛冶業に関わる土地に多く見られ、金属加工や商工業の守護神として信仰されてきました。
彌都波能賣之命は、奈良県の丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)をはじめ、水にゆかりのある神社に広く祀られています。
水源地や井戸のそばに小さな祠として祀られている例も各地に残っています。
志那津比古之命・志那津比賣之命は、滋賀県草津市の志那神社(しなじんじゃ)など、風にゆかりのある土地に祀られています。
琵琶湖のほとりという立地も、風の神を祀るにふさわしい場所として受け継がれてきたのかもしれません。
火産霊之命・埴山比賣之命についても、愛宕神社(あたごじんじゃ)系統や、各地の産土神社(うぶすなじんじゃ)の摂末社などで祀られている例が見られます。
日々の暮らしの中で目にする鎮守の森にも、実はこうした神様が静かに祀られていることが少なくありません。
「五元之神を拜む辭」の出自(史実の層)

「五元之神を拜む辭(ごげんのかみををがむことば)」という祝詞は、宮地神仙道という系譜に伝わってきた祝詞の一つです。
宮地神仙道は、幕末から明治にかけて活動した宮地水位を祖とする神仙修行の系統で、幽真界との交流や霊符、独自の祝詞や修法が数多く伝えられてきました。
神道と道教的な神仙思想が融合した、在野の信仰の系譜といえます。
宮地水位は土佐(現在の高知県)出身の神道家で、幼少期から幽冥界の存在と交流する体験を重ねたと伝えられています。
その体験と修行の記録は、水位自身の没後も弟子筋によって書き継がれ、清水宗徳らの手を経て、現代の大宮司朗氏による整理・刊行に至りました。
一人の人物の内的な体験から始まった信仰が、複数の世代を経て体系化されてきたという成り立ちも、この祝詞の性格を理解するうえで押さえておきたいところです。
現代においてこの祝詞が広く知られるようになった大きな窓口が、大宮司朗氏が監修した『古神道祝詞集』です。
同書には大祓詞や禊祓詞といった一般によく知られる祝詞に加え、伯家・吉田家・橘家などの伝書に見える祝詞、そして宮地神仙道に伝わる秘呪の数々が収められており、その中に五元の神に関わる祝詞も含まれています。
つまり五元の神の枠組みと、それを拝む祝詞の文言そのものは、記紀のような中央の一次史料ではなく、近世以降に体系化された独自の信仰・解釈の系譜に属するものといえます。
個々の神様の実在と由来は記紀にたどれる一方、それらを「五元」としてまとめ、特定の祝詞で拝むという型は、後の時代に在野の修行者たちが整えてきた信仰の形です。
祝詞の内容そのものは、産霊之大神(むすびのおおかみ)の不思議な御霊のはたらきによって五柱の元津神が生まれ出たことをまず称え、その五種の元津気(もとつけ)によって世のあらゆるものが生み育まれてきたことへの感謝を述べ、最後に神様の御恩に報いる思いを平らかに安らかに聞き届けてほしいと申し上げる、という構成になっています。
特定の願い事を並べ立てるというより、五つの根源的な力そのものへの感謝を軸に組み立てられている点が特徴です。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。
記紀という中央の記録と、地域や在野の信仰の系譜がそれぞれ別の層として積み重なってきたのが、日本の信仰の重層的なあり方そのものだからです。
五元の神を拝む際にも、この二つの層を分けて意識しておくと、由来への理解がより深まりますし、由来を尋ねられたときにも誠実に答えられます。
実践パート — 拝み方の作法

五元の神を拝む際は、まず身を整えることから始めます。形だけを追うのではなく、心身を落ち着けてから向き合うことが、どの神様を拝む場合にも共通する基本です。
一般的な神拝の作法にならい、祓詞などで身を清めてから祝詞を奏上するのが基本の流れです。
姿勢を正し、深く息を整えてから始めましょう。
朝、まだ空気が澄んでいる時間帯に行うと、気持ちを整えやすくなります。
拝礼の作法は、多くの神社で行われている二拝二拍手一拝が基本です。
- 深く二回お辞儀をする
- 胸の高さで二回柏手を打つ
- 心を落ち着けて祝詞を奏上する
- 最後にもう一度深くお辞儀をする
祝詞を奏上する際は、風・火・金・水・土それぞれの神様の働きを、日々の暮らしの中で思い浮かべながら唱えると、言葉が実感を伴ってきます。
風であれば呼吸や巡り、火であれば体温や情熱、金であれば実りや財、水であれば潤いや浄化、土であれば安定や土台といったように、自分の生活のどの部分に対応するかを結びつけて拝むと、抽象的な信仰が具体的な実践へと近づきます。
たとえば体調を崩しがちな時期であれば火の神と水の神を、金運や仕事の実りを願う時期であれば金の神を、というように、その時々の課題に応じて意識を向ける神様を変えてみるのも一つの方法です。
五柱すべてを均等に拝むというより、今の自分に必要な働きに目を向けることで、祝詞がより身近なものになります。
正確な訓みで唱えたい場合は、大宮司朗氏『古神道祝詞集』など、系譜がはっきりした資料にあたることをおすすめします。
ネット上には表記の揺れた祝詞も少なくないため、由来を確認できる資料を手元に置いておくと安心です。
奏上するタイミングに厳密な決まりはありませんが、朝一番や、新月・満月といった節目の日に合わせて行うと、日々の暮らしの中で区切りをつけやすくなります。
特別な儀式として構えすぎず、日課の一つとして無理なく続けられる頻度から始めるのがおすすめです。
続けるうちに、五柱の神様それぞれの働きが、自分の生活のどんな場面と結びついているかが少しずつ見えてくるはずです。
なお、古神道の言霊の中には「とほかみえみため」のように、五元の神と関連づけて語られることのある言葉もあります。
この言葉は諸説が複雑に絡み合っているため、別の記事で改めて詳しく取り上げます。
もう一点、同じ『古神道祝詞集』には、橘家神道に伝わる「五行祈祷祝詞」も収録されています。
こちらは木・火・土・金・水(きひつかみ)という標準的な五行の体系に基づき、天の元魂と地の祖神という二層構造を持つ、別系統の祝詞です。
神名の漢字表記や組み合わせも異なりますので、混同しないよう注意が必要です。
五行祈祷祝詞については、別の記事で詳しく取り上げます。
また、金の神・土の神への信仰は、鉱物や石を通した実践とも自然に結びついてきました。
金山比古之命・金山比賣之命にゆかりのある土地では鉱石が産出し、埴山比賣之命にゆかりのある土地では良質な陶土が採れることが少なくありません。
手元に鉱物を置いて五元の神を思い浮かべる、という実践も、この記事の五元の神という枠組みと、鉱物そのものの成り立ちという二つの角度から眺めると理解が深まります。
風・火・金・水・土という五つの働き
五元の神は、風・火・金・水・土という五つの働きを通して、私たちの暮らしを支える五柱の神々への信仰です。
神々そのものの由来は記紀にたどれる一方、それらを一つの体系としてまとめ上げたのは、宮地神仙道という近世以降の信仰の系譜でした。
史実の層と信仰の層、それぞれを分けて理解しておくことで、五元の神への向き合い方も、より地に足のついたものになっていきます。
目に見えない力を漠然と拝むのではなく、その力がどこから来て、どのような言葉で伝えられてきたのかを知っておくことが、信仰を長く続けていく上での支えになります。
風・火・金・水・土という五つの働きは、特別な儀式の場だけでなく、呼吸をする瞬間や、火を扱う瞬間、水を口にする瞬間、土に触れる瞬間といった、日常のあらゆる場面に静かに息づいています。五元の神という枠組みを知ったことをきっかけに、普段何気なく接している風や水、土のありがたさに、あらためて目を向けてみてはいかがでしょうか。
形式ばった祝詞を唱えるかどうかにかかわらず、その姿勢そのものが、地に足のついたスピリチュアルの実践につながっていきます。
